才能の下描き

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気づけば6月半ばで、そろそろ描いたものの展示を考えなければいけない時期なのか。

展示会なんて言葉で締め切られるとうんざりしてしまう…。

そんな気持ちと相対して、裏道の川に住むようになった鯉などをのんきに見に行ったりしていた。これが物凄く立派な鯉で、誰かが放流した可能性は高い。その鯉を、農道を通る爺さんが狙っていたり、飛来したサギが狙っていたりする。

そのうわさを聞き付けたのか、普段は見ない通行者が増えたように思う。通行者が増えたことで雑草が踏みつけられ、さらに勢いを増しているように見えて、一連の流れは神話の始まりのようで面白かった。

 

長いこと嫌がっていた、人物というモチーフを真っ向から描こうという気合が入ってきた。自分の出力の稚拙さに気づいて、一旦はやめていたこと。

綺麗な顔とかエロいものを描くのは簡単だ、一番強い出力だから。そして多くの人が引いたであろう出来合いのような線や色を塗るのはもっと簡単で、才能がなくたって誰だってできる。一番大きく聞こえる音を歌うのは簡単だろう。

その出力元自体は間違っていないのかもしれないが、自分の人生から出力して、微妙な違いのある線に変えられるのが才能じゃないかと思っている。だから、良い人生送れば才能になるんだよ。多分。

 

 

それで、人の良い表情とかって、良い顔したなと思う実際の人の顔を描いた方がいいのかなとか考える。
でもその人の顔を作った人生全てに責任を負えるわけじゃないしな、とか思ったり。
で、最終的に自分の良い時の顔になったりで...実際あるものを描く人って楽で良いよなとか思ってしまう。
でも責任取れないよな、って。

今日はほとんど頭のなか語で、文章にならない。商業に振って文章を書いている人はお疲れ様。毎日義務的に出しすぎてると、栄養も感度も動機も薄まるから、気を付けてほしい。

 

 

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